最初にお聞きしたいのですが、人材育成を進めていく上で、人事部が最初に行うべきことは何ですか?
まず初めに行うべきことは、自社の人材の「あるべき姿」を描くことです。あるべき姿とは、育成後の人材像です。一つは、経営人材、管理職、一般社員としての階層別の人材像。もう一つは、営業職、製造職、管理部門、研究開発職、など職種別の人材像です。
これを描くことなく、育成方法やカリキュラムなどの手段、方法論から考えてしまう企業が少なくありません。問題解決を考えると、「あるべき姿」と「現状」とのギャップが「問題」であり、そのギャップを解消することが問題を解決することです。人材育成においては、「人材像」(=育成後のあるべき姿)と「現在の姿」とのギャップを解消することが、人材育成となります。
人材育成をするには、まず、自社の「人材像」のスペック(仕様)を具体的に描くことが必要になります。階層別、職種別に、どんな知識、スキルが必要になるのかを具体的に明確にして、そのためにどんな育成を行えばよいのかという具体的方法を考えます。
基本的な質問ですが人材育成にはどのような方法がありますか?
大きく分類して、OJT、OFF-JTがあります。
OJTとは、On the Job Trainingの略で、職場内訓練のことを言います。日常業務を通じて、現場で知識、スキルを意図的、計画的、かつ継続的に組織で教育することです。
OFF-JTとは、Off the Job Trainingの略で、職場外訓練のことを言います。日常業務や職場を離れて、集合研修、セミナーなどで知識、技術の理論を系統立てて習得させることです。
OJTとOff-JTではどちらが重要ですか?
同じような質問を受けることがしばしばありますが、どちらが重要と言えるものではありません。人材を育成するには、OJTとOFF-JTの双方がバランスよく連動させて行う必要があります。OFF-JTで知識、技術の理論、原理原則を学び、OJTとして日常業務でそれを実践し続けることで習得していくのです。「理論」と「実践」の繰り返しです。
コンサルティングをしていて気になることが一つあります。それは、「わが社の人材育成は、OJT中心です」という言葉を時々聞きますが、OFF-JTを全く行わず、計画的なOJTも行わないで現場に新人を放り込む企業が「方便」として言っている場合も少なくない、ということです。
OJTの名の下に、現場に育成を丸投げしている、というパターンです。「泳げない人を、泳ぎ方を教えることなくプールに放り込んで、泳げるようになれ」ということに等しいのです。これでは、人材育成は効果的に行われませんし、社員のモチベーション、定着という意味で問題があります。
現在の厳しい経営環境の中で「人材育成にあまりお金(費用)をかけられない」という声をよく聞くのですが・・・。
これも多くの企業で抱える共通の悩みですね。まず、人材育成に使うお金をコスト(費用)と捉えずに、将来への投資として考えて欲しいです。費用としてのお金は使えば消えていきます。しかし、投資として人材育成に使われると、知識、スキルとして社員に蓄積されます。そして、レベルアップした社員が従来よりも高い成果を出せば、人的生産性は高まります。
現在のような厳しい時代だからこそ、中長期的視点で費用対効果を考えて人材育成にお金を使って欲しいと思います。その話は置いておいても、お金をかけずに人材育成を行う方法は沢山あります。幾つか紹介しましょう。
一つ目は、集合研修(OFF-JT)を行うとき、外部から研修講師を呼ぶのではなく、社内講師を育成する方法があります。社内の実情を知っている人が講師になるので実践的な研修を行えます。そして、「教える者が、最も学ぶ」とも言われています。研修の目的を明確にして社内講師を任せると、人に説明をするというプロセスを通して、教える人の知識、スキルが整理され、社内講師自身のレベルアップにもつながります。
次に、「読書会」というものも少ない費用で人材育成を有効に行える方法です。学ぶべきテーマに適した書籍を事前に読み込み、ディスカッションを行うのです。事前に、①読んだ感想、意見、②自社(もしくは自分)が参考にして実践できること、などをレポートに整理して持ち寄ると効果的です。課題図書の選定と、読書会のファシリテーションは職場の管理者か人事スタッフが行います
また、通信教育、eラーニングなどを利用するのも良いでしょう。集合研修は、支店、支社などがある会社では交通費、宿泊費などの費用が発生します。単に、知識を習得する機会としては、通信教育、eラーニングなどを利用し、その上で、フェイストゥーフェイスで行う必要がある内容に絞って集合研修を行えば、費用の節約になります。
幾つか例示をしましたが、お金をかけずに人材を育成する方法はまだまだ沢山あります。この場合、お金をかける代わりに、人事部、管理者は知恵と時間を使いましょう。
「わが社では、管理者が部下育成に取り組む意識が低い」という話を多くの会社からお聞きしますが、この問題への解決としてどんなものがありますか?
これも多くの企業で抱えている悩みですね。多くの企業では、管理者自らもプレーヤーとして仕事をするプレイイング・マネージャーというのが実態でしょう。このような管理者は「日常の仕事が忙しくて、部下を育てている余裕なんてない」と言います。
まず、「部下を正しく評価し、育成することが管理者としての最も大切な責務」という認識を持ってもらいます。これは、人事部から言うのではなく、ことある毎に、経営トップから繰り返し言ってもらいましょう。そして、部下を育成し、自らの仕事をどんどん部下に委譲し、自分は管理者本来の仕事を行う比率を高める、という意識を植え付けることが必要です。
また、私の経験では、管理職の人事評価項目に、はっきりと「部下育成」という項目を盛り込んで、評価することが有効です。目標管理制度(MBO)を導入している企業では、管理者のシートに、部下毎の育成項目、スケジュールなどを明記させ、育成の進捗状況を評価します。
トップからの繰り返しのメッセージと、「部下育成」項目の人事評価により、管理者の「意識」と「行動」は確実に変わっていきます。
OJTを機能させるためには?
OJTは日常業務を通じて、現場で知識、技術を習得することですが、現場に任せるだけの、「現場丸投げ」では十分には機能しません。
興味深い調査結果があるので、紹介しましょう。産業能率大学が行った「経済危機下の人材開発に関する実態調査」という調査にOJTの現状が如実に表れています。
まず、計画的なOJTの実施状況を見ると、新卒採用者には約87%、中途採用者には約43%の企業で実施をしています。しかし、「計画的OJTがしっかりと機能している」と回答した企業は僅か12.6%です。
OJTを機能させることに、各社が苦心していることがわかると思います。 そして、「OJT担当者に教育を実施している」と回答した企業は約44%です。つまり、半数以上の企業で、現場丸投げでOJTを任せていることになります。
OJTは「人事部」と「現場の管理者」と「職場」が三位一体となって取り組むべきものです。人事部は、OJTの標準的な方法を管理者や職場の先輩に指導し、適宜サポートを行います。OJTの標準的な方法とは、OJT計画の立て方、教え方、仕事の与え方、聴き方、面接法、などです。
管理者(上司)は、部下それぞれの適性を見極め、OJT計画を立てた後、適材適所の仕事を与え、指導し、適宜、ヒアリング、面接などによって育成状況を把握します。目標管理制度(MBO)を導入している企業ならば、部下の目標管理シートに育成項目、習得方法、スケジュールなどを明確にして運用することが有効です。管理者が全て手取り足取り教えることは現実的には難しいでしょうから、部署内の職務の配置、役割分担を決めた後、育成対象者の先輩などに育成を任せます。
職場(職場の先輩、同僚など)は、実際に指導を行うとともに、育成対象者が学びやすいような職場環境、雰囲気づくりに努めます。山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」という言葉は、いつの時代でも人材育成の本質を突いた言葉です。OJTに関わる全ての人が肝に銘じておくべきことです。
研修効果を測定するにはどうすれば良いですか?
研修効果を測定することはなかなか難しいですが、いくつかの方法をご紹介しましょう。
アンケートによる方法
研修受講者に研修の内容、方法、進め方などの意見を求めるものです。もっとも広く使われている方法で、実施も容易ですが、回答者の主観に頼るという点、本音が出にくい、という部分で限界があります。
試験による方法
知識やスキルなど研修内容の習得状況を試験で確かめるものです。試験には、口頭試問、筆記試験、実技試験などがあります。
観察による方法(アセスメント)
研修で学んだことを、実際に職場で実践できているか、受講者の行動や態度について、上司、先輩、人事スタッフなどが観察し、チェックするものです。
面談による方法
アンケートによる方法を、更に直接的に詳しく行うものです。人事スタッフが、受講者、上司、先輩に意見、感想を求めてまとめるものです。
どの方法を採用するにせよ、事前に研修の目的、目標、期待する成果などを明確に描いておく必要があります。そのように考えると、効果測定は、研修が終了した後で開始されるものではなく、研修を計画、立案した時点から始めるべきものです。
その後の研修の計画、改善のための情報として、測定方法を工夫し、測定結果を社内で蓄積し、活用していくことが求められます。
人材育成のポイントは多岐に渡りますね。基本を整理して理解することができました。本日はありがとうございました。
ワークデザイン研究所代表
早稲田大学法学部卒業。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)に入社。7年間経営コンサルティングに従事。人事制度改革、人材開発を得意領域とする。
2000年に株式会社ミスミに入社。新規事業立ち上げ責任者として活動後、営業戦略の立案・推進、コールセンター の業務改善などを行う。『V字回復の経営』などの著作でも有名な三枝匡社長(当時。現在会長・CEO)の直轄タスクフォースにて営業改革、短期営業戦略を推進する。
2003年に株式会社グロービ スに入社。人材育成、組織開発コンサルティングに従事した後、グループ管理本部にて、コンプライアンス、法務、人事業務を担当。実行責任者として推進した コンプライアンス推進プロジェクトにて同社President Awardを受賞。2008年にワークデザイン研究所の代表に就任。経営コンサルタント並びに企業研修・セミナー講師として活動中。
【著書】『ビジネス思考が身につく本』(明日香出版)
研修をもっと知るインタビュー+コラムVol.1は、長年、人材マネジメントのコンサルティングを行ってきた経営コンサルタントの太期健三郎氏(ワークデザイン研究所代表)に人材育成に関するポイントをインタビューしてきました。多くの企業で、人材育成について悩まれていることを中心にお聞きしています。御社での人材育成の参考にしていただければ幸いです。
(株式会社 ディレンマ Method 研修事業部)